会社の経営者が亡くなった場合の相続放棄
1 亡くなった方が事業を行っていた場合に決めなければならないこと
亡くなった方が事業を行っていた場合には、相続人は、その事業を引き継ぐのか、廃業にするのかを決めなければなりません。
事業を引き継ぐ場合には、相続人は、事業用の資産を含めたすべての財産を引き継ぎますが、同時に、そのすべての債務を引き継ぐことになります。
事業を引き継がないという選択をした場合には、相続人には、さらに2つの選択肢があります。
一つは、事業自体は廃業にしてしまい、事業の財産や債務と、亡くなった方個人の財産や債務は引き継ぐという選択です。
この選択をした場合、会社組織の場合には、会社の清算手続きを行い、残債務の返済を行った上で、相続人は、会社に残余財産があればこれを相続し、事業とは関係のない財産も引き継ぐこととなります。
もう一つ、相続放棄をすることで、事業だけでなく、個人の財産もすべて引き継がないという選択をすることもできます。
この場合には、相続人は財産を引き継ぐことはできませんが、同時に、亡くなった方の事業関係だけでなく、個人の債務についても引き継ぐ必要がなくなります。
2 亡くなった方の財産・債務の調査
亡くなった方の事業を継続するのかどうかを判断するには、悩ましいケースも多いでしょう。
事業の財務状況を十分に調査するとともに、事業の将来性も検討し、今後も事業を継続するのかどうかを検討しなければなりません。
何らかの事情で事業を引き継ぐ以外の選択肢がない場合を除いて、相続放棄をするかどうかを検討するために、相続財産をしっかりと調査する必要があります。
亡くなった方が事業を行っていた場合の財産・債務の調査にあたっては、特に、以下のような点に注意しながら調査をする必要があります。
- ⑴ 不動産の調査
-
不動産については、事業で使用している不動産と個人の不動産の双方を調査する必要があります。
どのような不動産があるかが明らかになっていることも多いとは思いますが、固定資産税納税通知書などを確認し、不動産の一覧を確認すべきかと思います。
固定資産税納税通知書が見つからない場合には、不動産がある市区町村の役場で亡くなった方の名寄帳を取得することにより、不動産の一覧を確認することができます。
上記で判明した不動産については、法務局で登記簿謄本を取得して、より詳細な内容を確認しておいた方がよいです。
なぜなら、登記簿謄本の内容を確認することで、不動産に抵当権が設定されているかどうかが分かり、抵当権が設定されている場合には、事業関係や亡くなった方個人に債務があるかどうかや、その債権者が判明することがあるためです。
- ⑵ 預貯金の調査
-
自宅で保管されている預貯金通帳を確認し、その金融機関にどのくらいの預金があるかを確認することになります。
事業で普段取引があった金融機関については、当座貸越による借入れが生じていないかも確認しましょう。
- ⑶ 債務の調査
-
普段取引のあった金融機関には、借入れの残高がいくらであるのか、月々の返済額がいくらであるのかなどを確認する必要があります。
上で述べたように、抵当権が設定されていることが分かった場合には、債権者に借入れの有無やその内容を確認する必要もあります。
また、普段の取引先にも連絡をし、貸し借りがないかどうかや、貸し借りがある場合にはどのような内容なのかを確認しなければなりません。
事業の業績が芳しくない場合には、借換えを繰り返していたり、債務残高がほとんど減少していなかったりして、返済が滞っている可能性がありますが、その場合には多額の遅延損害金が発生しているおそれもありますので、注意が必要です。
亡くなった方が会社の債務を保証している場合もありますので、注意してください。
これらの債務の内容を明らかにすることが、相続放棄をするかどうかにおいて重要になってきます。
3 相続放棄を検討する際の注意点
- ⑴ 放棄する財産を選ぶことはできない
-
相続財産についての調査を行い、検討を行った結果、事業を引き継がないこととなった場合には、次に、相続放棄をするかどうかを検討しなければなりません。
相続放棄をする場合は、一切の債務を引き継ぎませんが、同時に、財産も引き継がないこととなります。
特定の財産だけを放棄したり、債務だけを放棄したりといった選択をすることはできません。
- ⑵ 家庭裁判所に申し立てる必要がある
-
相続放棄をするという選択をしたときは、相続人は、亡くなった方の最後の住所地を管轄する家庭裁判所で相続放棄の申述をしなければなりません。
例えば、亡くなった方の最後の住所地が名古屋市内であった場合は、名古屋家庭裁判所に相続放棄の申述をしなければなりません。
- ⑶ 相続放棄ができる期間には制限がある
-
相続放棄をする場合に注意しなければならないのは、相続放棄には、原則として、「熟慮期間」と呼ばれる、相続の開始があったことを知ったときから3か月以内という期間の制限があるということです。
熟慮期間内に債務の有無や額が判然としない場合には、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申し立てることもできます。
熟慮期間を伸長する場合、通常、3か月間に限っての延長が認められることが多いといわれており、当然に何度も延長を繰り返すことができるわけでもありません。
そのため、できる限り早期に調査を完了することが望ましいでしょう。
- ⑷ 相続財産の処分を行ってはならない
-
相続放棄をする場合には、相続財産の処分をしてはいけません。
相続財産の処分をすると、相続放棄をすることができなくなるとされています。
相続放棄後であっても、相続財産の処分をすると相続放棄が無効となってしまう可能性があります。
ここでいう処分とは、亡くなった方の財産を売却したり、廃棄したりすることをいいます。
亡くなった方の預金を出金し、債務の返済に充てることも、亡くなった方の預金の処分にあたるおそれがあります。
亡くなった方が事業を営んでいた場合には、生前の取引先からの請求を受けて、亡くなった方の財産から支払ってしまうこともあるかと思います。
このような場合には、相続放棄が認められなくなるおそれがありますので、注意が必要です。
4 限定承認の手続きをとるかの検討
- ⑴ 限定承認と相続放棄の違い
-
相続放棄以外に、限定承認という手続きをとる可能性もあります。
限定承認の手続きをとると、相続人は、相続財産の限度においてのみ、亡くなった方の債務の負担を負うことになります。
- ⑵ 事業用資産の場合は限定承認が難しいことも
-
限定承認においては、財産を換価する必要がありますので、そこでは競売手続きを用いるか、家庭裁判所に鑑定人を選任してもらい、鑑定評価を行った上で、相続人が鑑定評価額以上の金額で買い受けるか、いずれかの手続きをとる必要があります。
事業用資産の場合には、これらの手続きが難航する可能性が高いため、非常に手続きの難易度が高くなります。
- ⑶ 限定承認の注意点
-
限定承認は、法律に規定されたとおりに手続きを進める必要がありますし、順序に基づいて債権者に対する弁済をしなければならず、譲渡所得税の申告・納付を行わなければならない場合があるなど、手続きが非常に複雑であるという問題があります。
このため、亡くなった方が事業を営んでいた場合には、限定承認の手続きを行うことを安易にはおすすめできません。
基本的には、亡くなった方の財産、債務の調査をし切った上で、財産や債務を引き継ぐか、相続放棄を行うかの結論を出すことが多くなっています。
5 事業の相続についてのご相談
亡くなった方が事業をしていて、その借金の有無や額について不明な場合には、亡くなった方の財産や債務についての調査をできる限り進めた上で、相続放棄をするかどうかを選択することが基本となると思われます。
相続放棄をする可能性がある場合には、熟慮期間は非常に短いため、できる限り早期に、十分な調査を尽くすことが望ましいといえます。
弁護士法人心では、早期に十分な調査を行った上で、上記の方法のいずれを選択するかについて、適切にアドバイスをさせていただいています。
お気軽にご相談ください。